10月 ダブリンからRichard Gormanの作品は届くのだろうか

ピクチャ 34-SP-4月7日夜、越前和紙の岩野平三郎さんのところで紙漉きの仕事をしている上坂君が Richard Gormanというアイルランドの美術家を伴って店を訪れてくれた。多分このRichardとはずいぶん昔、京都の吉田山荘で開かれた、 白樺の高瀬泰司さんの法要イベントで紹介されたような気がしているけれども確かではない。上坂君によるとRichardは20年程前から何度も今立の和紙 産地を訪れ、滞在しているというのである。彼は岩野さんの麻紙(まし)という最上級の和紙にグワシュの色絵具で抽象的な心象風景を描き続けている。
武生から見れば地球の裏側にあるような、アイルランド ダブリンから、はるばる素材の紙を求めて何度も足を運ぶRichardとはいったい何者であるのか。どのような思いで今立くんだりまで足を運ぶのかと、私の好奇心が頭をもたげ、確かめたくなった。 それではということで、私以上に英語に堪能な、サイエンスクラフトの玉村さんにおいで頂いて、通訳をお願いした。彼女を通して話し合った内容はこうである。

-SP-岩野さんの麻紙に描かれたRichard Gormanの作品をいくつか「ゴドー」の白い壁面に展示すること。展示会の案内や絵のフレームは「ゴドー」 で制作し、多くの武生の人々に見ていただくために、店とそのスタッフが全面的に応援すること。絵は高額なものになると思われるので、あまり売れることは期 待しないでほしいということ。そして、10月に再来日するときに自信作を持ってきていただくこと。

-SP-Richard Gormanにとっては少しつらい提案で在ったと思われましたが、この内容を引き受けていただきました。さて今年の秋はゴドーの壁面は どうなることやら。宗教戦争の硝煙の香の残るダブリンの街から、どのような透明な作品群が届くのだろうか 乞う! 期待。

By 店主

末世と神仏と詩人もどき

すこし風のある夜
ドアを開けて、武生駅の裏に出る。そこから見える北の空は、工場の照明と水蒸気のせいでぼんやりした薄紅色にけむっているんだ。

3月29日午後
母が1年半に及ぶ、つらい療養の果てに小さく「あっ」と叫び、そのまま遠方に旅立った。
一貫して親不孝であった私は、丸岡君のように長い喪に服さなければいけないのに、ひとり路頭に迷い、焼酎の炭酸割、その泡の中にいた。

次の日、闘う絵描きを自称する藤川君が自作の絵葉書集と岡崎純と金田さんが出稿している「角」という詩誌を持ち込み、2個で1000円にするからというこ とで、押し売りに来た。忌中ですからと断ろうと思ったけれども、一口500円ですから二口お願いしますと頼まれた。しかし、なぜ絵葉書と「角」という詩誌 が二口なのかよく意味が解らなかったけれど、私は気が弱いのでつい買ってしまった。

「ゴドー」は、闘う表現者には無条件で支持するというスタンスが正しいのか間違っているのか自分でもようわからん。

藤川はともかく、身近な人の「死」はあらゆる人間関係を露呈する。愚鈍であるから想像できないだけであるが、身近な人の「死」でなくとも「死」は人間関係を顕著にすると思われる。

欲に目がくらむ人や、人の死を、死を悼む心を一票に結び付けようとする輩とははっきりと決別しなければならない。

私が自慢することではないが、母のように、八十八年も誠実に生きた人間に、こんなにつらい思いをさせた神仏はどこのなにを見ていたのか、まさに理不尽の限りである。

By 店主

長浜 盆梅展

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-SP-日曜日に滋賀県の長浜に梅の盆栽を見に行ってきました。長浜は昔から気になる街で多分今までに何度も訪れているのだけれども、来なければよかったと思ったことは一度もない。武生も来訪者にそんな気持ちにさせることが出来たらよいのだけれども、残念ながら望めそうにない。

-SP-梅の盆栽は古木を初めは山深く分け入り探して持ち帰ったものを、時間をかけて育て展示したのが始まりらしい。個人の趣味からここまで大きく長浜の街のイメージにまで発展させることが出来たことは、地元の人々にとっても意義深いことであろう。

-SP-またこの盆梅展に開かれている屋敷の庭には巨石の灯篭や石碑が多くみられ、琵琶湖の水運の隆盛と関係があると、勝手に想像することができる。また展示してある梅の盆栽はその古木の風合いが際立ち、それぞれ固有の物語を秘めた景色を感じさせる。

-SP-3月の長浜のまちは訪れる観光客にやさしく、駐車場も駅近くに完備し、何よりも広くて安いのが良い。ガラス館のある黒壁あたりの食堂やカフェもなかなか充実していて、おいしく、又訪れたいと思わせる身近で良質な街であった。

まだ寒き春に  By 店主

越前市向新保 岩田 神明社

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-SP-2月のとある雪晴れの日、以前から気になっていた越前市郊外の日野川右岸、向新保(むか いしんぼ)に鎮座する小さな鳥居のある祠を尋ねた。私はそれまで、この祠については、前を通るたびに何故か不吉な印象を憶えていた。それはこのあたりでの 織田信長の軍勢と越前一向宗門徒との戦さで亡くなった多くの人々への鎮魂のために祭られたものではないかと勝手に思い込んでいたためである。

-SP-しかし、この日の鳥居と祠は雪景色に映えて美しく、ある種の威厳さえ感じられた。それにもまして驚いたことには、この雪のため車も入れない川岸の祠を参 拝した新しい足跡があることであった。深い雪をひとりで踏みしめ、誰が何をお参りしたのだろうか。私の他にもこの町には物好きな人が居住していることに、 しばし考えさせられた。

-SP-この鳥居も祠も福井足羽山産の柔らかい笏谷石(しゃくだにいし)でできているせいで角が取れ、朽ちかけている。また、門番は狛犬の代わりに鶏である。この鶏の門番は越前市近在の神社や祠では今まで見たことのない大変希少なものであると思われる。

-SP-私にとって、この日の雪の中の小さな鳥居と朽ちかけた鶏の門番と祠は、川向こうの山に鎮座する国兼(くにがね)の大塩八幡宮、まさに北面の越前国府を見据えた格調高いその社にも引けを取らない美しい風情であった。

-SP-後日、私が携帯電話のカメラで撮ったこの不思議な鳥居の写真を拡大して、誰彼かまわず自慢して歩くものだから、この社についての情報が次々と集まり始め た。最初はどうもこの社は日野川の治水のための祈りではないかという武生古代史研究会の推論であった。その後、南地区の「語り部の会」の長老が調査資料を 持っておられるということで、その資料をお借りすることが出来、この不思議な祠の背景が明らかになった。

-SP-この「私が生まれた向新保」という服部興兵衛氏の資料によるとこうである。豪雪の今庄の奥から流れ下り、この松ヶ鼻で蛇行する暴れ川の氾濫を防ぐために、岩山を切りだし、その岩を並べ堤防を守る「岩刎(いわばね)」を三か所に築いたのは古郡文右衛門であると。

-SP-この古郡文右衛門の先祖は伝承によると推古朝の頃、近江の国、和迩庄(わにのしょう)小野に住し、小野姓を賜るとある。また、その子孫は武州府中に任国 し、この地で古郡姓を称した。この一族はその後、新田開発や富士川治水に貢献した。また元禄七年には越前、能登に場所をうるも、拝領屋敷は江戸表六番町と された。

-SP-この古郡文右衛門の来歴が確かであるとすると、近江和迩庄、小野姓、武州府中、従五位下、石積み、このキーワード、どこから辿っても、この一族は治水と 石組みにたけた渡来系インテリゲンジャの末裔である。また、服部興兵衛氏が生前その著「松ヶ鼻用水沿革史」を進上された古郡文右衛門九代孫の古郡哲弥氏も 昭和12年当時、内務省、今は建設省国道改良のため敦賀に14年、敦賀・福井間国道改良調査のため、河野、武生、鯖江に滞在されていたということである。 まさに一族のDNAが時を越えて震えている感がする。

-SP-また、この「岩田の神明社」は当初は向新保の森の中にあったものを区画整理のため、現在の日野川右岸に移築されたということである。しかしこの社のあた りは人家から離れ草深く、カラスがたむろするせいか、廃棄物を捨てに来る輩が横行している。先人の労苦を思えば、このような不届き者は市中引き回しの上、 打ち首獄門もやむなしである。

-SP-2011年春3月 私たちはくらしの快適さを求めるあまり、かけがえのない故郷を失くすという、愚かな選択を自ら招きよせてしまった。しかし振り返れ ば、私達はこの雪の中のなんでもない小さな祠から、遠く半島経由で渡来した文明の、千年の息吹までも垣間見ることが出来る。これもすべて古郡文右衛門、服 部興兵衛氏、服部節子さん、そして松ヶ鼻の石を切り、運び、護岸のための「岩刎(いわばね)」を積み上げた向新保近在の人々の労苦と、この社の建立があっ て初めて思い描けたことである。そして私達が見失ってしまった自然と共存する知恵と切なる祈りを、この雪晴れの「岩田神明社」の向こうに見ることができ る。

By 店主

茶虎のトラ

トラが帰ってきた

放蕩猫 茶虎のトラが
凍てつく二月の風の中
段ボールの古巣にたどりついた

苦難の旅のせいか
その爪はすべて折れ
擦り切れてしまった

去年の秋 トラは
いつのまに家の中に上り込み
福島からやって来た柴犬 スミレと
捨てられ 深手を負っていた葬式猫 ココの
つれない嫉妬にもめげず
我が家の居間に住み着いた

泣き虫 トラの 寅之助
その愛嬌ゆえ 猫かわいがるが
正月明けの 穏やかな日
玄関先の ひなたぼっこを最後に
行方知れず

期せずして訪れた
シベリア寒気団の居座りで
その生存を諦めていた昨夜
凍ったガラス戸の外から聞こえる
トラの哭き声は激しく
叫びすぎで ゼイゼイと喉を病む

瘦せ細り
自慢の尻尾もへごへご
履いていたおしゃれな白いソックスも
どぶ泥にまみれてしまった

この長き放蕩は飼い主に似て
何人も責められもせず
ただ呆れて
うそうそのトラの四肢を洗う

By 店主