月別アーカイブ: 2012年4月

再び吉野瀬川

-SP-以前、日野川水系の赤い石、辰砂について私がにわか学説をネット上に流布していたので、そのあやしい風評に惹かれて市井の鉱物学者が私の下に集まりだした。とりわけ丹生の郷の奥あたりから軽自動車でやってくるおっさんはただものではない。

-SP-その鉱物学者が昨日私の店に現れた。手には南条郡の鋳物師の谷で今朝掘り出してきたという砂鉄を、細長い磁石に張り付けて持参してきた。その砂鉄らしきものを私の鉱物図鑑で調べると赤色鉱は少量でほとんどがクロム鉱のようで、鈍く光る美しい粒子である。

-SP-この男、朝からひとり、クマの出る谷に分け入り、渓流の砂を掘っている様を想像すると先祖は半島からやってきた砂金堀りの山師のように思える。

-SP-この天性のすきものが、かの吉野瀬川の流路がおかしいというのである。流れが自然の川の有様に反して高いところから低いところへではなく、広瀬地区から芝原地区へ斜めに横切っているというのである。

-SP-その疑問を解くために彼が県立歴史資料館まで行って調べたところ、この川は断層に沿って流れているということが判明した。つまりある時期に起きた巨大地 震による地表のずれたところに沿って谷川の水が集まり、吉野瀬川を形成したというのである。この川の地層を調べた結果、この川が断層に沿って流れていると いうデータがこの資料館にあったというのである。

-SP-裏日本は地震があまりないから福井の原発は大丈夫であるなどと、嶺南地方の行政の上に立つものがメディアで公言している。しかしこの私たちの身近な吉野瀬川の断層を引き合いに出すまでもなく、地表などいつどう動くかわからないというのが、地質の本質的な要因であろう。

-SP-コウノトリも住める環境や無農薬米も人間にとって必要であるかもしれないけれども、2011年の3月11日を経験した私たちは、管理するすべもなく、長 い時間冷却し続けなければならない核廃棄物を大量に生み出すすべての原発を、どうやって廃棄してゆくのかということの方が緊急かつ重大な問題であろう。

By 店主

吉野瀬川とコウノトリの行方

-SP-吉野瀬川という川が越前市西南部の広瀬町を奇妙な角度で横切っている。この川の上流は岩 や樹木で鬱蒼としていてなかなか趣のある川であった。現在は市の洪水対策用ダムを作るせいで新しい道路や護岸が錯綜し、荒れて見る影もない。昔の馬借西街 道のある広瀬の山際の方も新しい道路が整備されつつある。また広瀬から吉野瀬川に沿って上流をゆくと白山(しらやま)地区の少し開けた台地に入る。

-SP-最近、越前市の白崎やこの白山地区に兵庫県豊岡市からコウノトリが舞い降りてきている。それを期に、このあたりの田んぼに水を張り、野田のどぜうを放 し、コウノトリの住める環境を作ろうとしている。またそのコウノトリブランドを立ち上げ、無農薬の高付加価値米を育て、販売もし始めている。福井新聞でも 曾原にコウノトリ支局を急きょ開設し、この地区を支援しているようである。

-SP-私は農業に何の知識もないし、ベランダの家庭菜園を試みても、簡単だといわれているトマトすら満足に育てることが出来なかった。だから農業について多く を語ることはできないが、一消費者としては、腑に落ちないことがある。確かに白山産の米も以前からおいしかったし、西瓜も高価だけれど甘いのでわざわざ地 元まで買いに行っていたことがある。

-SP-しかし、このコウノトリブランドを作ろうとしている白山地区は農地の少ない山間部の集落である。白山の農業関係者が豊かになるのはいいことであるが、季 節のものでもあるし、そんなに大量にコメや野菜、西瓜を生産できないのではないか。私はそんな全国ブランドにしないで、地元の人々が身近に手に入れること のできる安全でおいしい食材であってほしいと切に願うばかりである。そのために市民や行政が街中に常設の大きな売り場を設けるなどして優良な産地を支援し てゆくということを試みてもいいのではないか。

-SP-この白山地区がコウノトリの舞い降りる自然豊かな地区であってほしいとは誰しも祈るだろう。しかし、動物園のような巨大な鉄のゲージを作り、羽根を広げれば二メートルにもなる鳥を閉じ込め、餌のどぜうを過不足なく与えるというのは不自然の極みである。

先年、佐渡ヶ島の絶滅危惧種のトキがゲージの中で悪党イタチに食い尽くされるという憤懣やるかたない事件が起こったが、私はこの悪党イタチの方が自然の 摂理で、閉じ込められ逃げることのできなかったトキの状態のほうが不自然だったと思う。反省はサルでもするが中央の役人は想定を超えた事態であるというこ とで、誰も責任を取らない。

-SP-また越前市の白山は敦賀や美浜の老朽化した原発から十数キロに位置し、古代古謡「催馬楽」にも歌われた海風,あひの風の道の口でもある。つまり原子力発 電所の不測の事態の折には「コウノトリの里」や「西瓜の名産地」としての白山地区ではなく、はからずも全国その名を知られてしまったフクシマの双葉町や大 館村になるのである。もしこれらの老朽化した原発が再稼働するようなことになればコウノトリのゲージの代わりに鉛板を埋め込んだコンクリート製の人間避難 場所を数多く作らなければならないだろう。

-SP-つまるところ、私たちはこの問題に関して市民の健康と安全を守る義務のある首長と市議会、県議会議員の発言を、彼らの沈黙を含めて注視する必要がある。 私は市民が選挙で彼らを選ぶことが出来るのであるから、原発利権に絡め取られている人や市民のために発言をしない人たちに一票を投じない意志をあらゆる場 所で表明してゆこうと思う。

By 店主

10月 ダブリンからRichard Gormanの作品は届くのだろうか

ピクチャ 34-SP-4月7日夜、越前和紙の岩野平三郎さんのところで紙漉きの仕事をしている上坂君が Richard Gormanというアイルランドの美術家を伴って店を訪れてくれた。多分このRichardとはずいぶん昔、京都の吉田山荘で開かれた、 白樺の高瀬泰司さんの法要イベントで紹介されたような気がしているけれども確かではない。上坂君によるとRichardは20年程前から何度も今立の和紙 産地を訪れ、滞在しているというのである。彼は岩野さんの麻紙(まし)という最上級の和紙にグワシュの色絵具で抽象的な心象風景を描き続けている。
武生から見れば地球の裏側にあるような、アイルランド ダブリンから、はるばる素材の紙を求めて何度も足を運ぶRichardとはいったい何者であるのか。どのような思いで今立くんだりまで足を運ぶのかと、私の好奇心が頭をもたげ、確かめたくなった。 それではということで、私以上に英語に堪能な、サイエンスクラフトの玉村さんにおいで頂いて、通訳をお願いした。彼女を通して話し合った内容はこうである。

-SP-岩野さんの麻紙に描かれたRichard Gormanの作品をいくつか「ゴドー」の白い壁面に展示すること。展示会の案内や絵のフレームは「ゴドー」 で制作し、多くの武生の人々に見ていただくために、店とそのスタッフが全面的に応援すること。絵は高額なものになると思われるので、あまり売れることは期 待しないでほしいということ。そして、10月に再来日するときに自信作を持ってきていただくこと。

-SP-Richard Gormanにとっては少しつらい提案で在ったと思われましたが、この内容を引き受けていただきました。さて今年の秋はゴドーの壁面は どうなることやら。宗教戦争の硝煙の香の残るダブリンの街から、どのような透明な作品群が届くのだろうか 乞う! 期待。

By 店主

末世と神仏と詩人もどき

すこし風のある夜
ドアを開けて、武生駅の裏に出る。そこから見える北の空は、工場の照明と水蒸気のせいでぼんやりした薄紅色にけむっているんだ。

3月29日午後
母が1年半に及ぶ、つらい療養の果てに小さく「あっ」と叫び、そのまま遠方に旅立った。
一貫して親不孝であった私は、丸岡君のように長い喪に服さなければいけないのに、ひとり路頭に迷い、焼酎の炭酸割、その泡の中にいた。

次の日、闘う絵描きを自称する藤川君が自作の絵葉書集と岡崎純と金田さんが出稿している「角」という詩誌を持ち込み、2個で1000円にするからというこ とで、押し売りに来た。忌中ですからと断ろうと思ったけれども、一口500円ですから二口お願いしますと頼まれた。しかし、なぜ絵葉書と「角」という詩誌 が二口なのかよく意味が解らなかったけれど、私は気が弱いのでつい買ってしまった。

「ゴドー」は、闘う表現者には無条件で支持するというスタンスが正しいのか間違っているのか自分でもようわからん。

藤川はともかく、身近な人の「死」はあらゆる人間関係を露呈する。愚鈍であるから想像できないだけであるが、身近な人の「死」でなくとも「死」は人間関係を顕著にすると思われる。

欲に目がくらむ人や、人の死を、死を悼む心を一票に結び付けようとする輩とははっきりと決別しなければならない。

私が自慢することではないが、母のように、八十八年も誠実に生きた人間に、こんなにつらい思いをさせた神仏はどこのなにを見ていたのか、まさに理不尽の限りである。

By 店主