月別アーカイブ: 2012年5月

優れた本は何時の時代にも読み継がれる

森浩一編 社会思想社刊「鉄」

-SP-雨降る日曜日の朝。旧知のМ君から電話で呼び出された。この日の午後、越前市白崎町にある日野自然学校の解体跡地で廃校記念の宴 会があり、広野ダムの奥で釣ってきた尺イワナの骨酒を飲ませるから是非参加してくれというのである。忙しい仕事をアルバイトのFさんに丸投げして、酒盛り に参加するというのはいくらなんでも人の道に反すると思うのであるが、遊びの誘惑には負け続ける私は、文明くんの車でいそいそと雨の中を出かけるのであ る。

-SP-白崎町の田んぼの中、青いビニールシートの下では焚き火を囲み10人くらいの男たちが集まり、勝山の山菜や猪を肴に宴会が始まっていた。私の知り合いは 母の通夜にお経さんを上げていただいた電気屋の役僧さんと、М君そして年長の0氏の3人だけであったが、焚き火で炙ったイワナと骨酒を鍋ごと振舞われ、 「さ 公達や」とばかりにはやされ、浮かれて木灰と田んぼの泥にまみれた。

-SP-その後、雨もやまないので場所を変えて近くの0さんの家にどかどかと上がり込んだ。ご家族の迷惑も顧みず、わけなしの有様であったが、彼の本棚には私に は興味深いジャンルの貴重な本が無造作に何冊も並べられていた。その中に昭和49年、社会思想社刊森浩一編の「鉄」という本があった。

-SP-その内容の一部には福井県内の鉄に関する記述が見られた。金津とはよく言ったもので、縄文後期には細呂木には鉄の鉱炉跡が存在し、森浩一はその鉱炉跡を 発掘調査していたというのである。私は半島や南からの鉄の伝来が古代日本と古代王権を方向づけたと考えていたのでこの本の考古学者森浩一と歴史学者林屋辰 三郎の対談はたいへん興味深く、示唆に富んだものであった。

-SP-それにつけても、私たちの世代が、かの1960年代後半にはこんなにも有能で気骨ある関西の学者たちを「大学解体」という乱暴なコンセプトで大学の研究 室から追い出したことを思うと忸怩たる思いがある。しかし、神々の怒りとも言える壊滅的な自然災害と原発のメルトダウンを経ても、未だに安全神話を語り続 ける人々を見るにつけ、大学は誰のために学問をし、何の研究をしているのか。目指すべき方向性を見失っているように思える。

-SP-話が著しくそれてしまったが、快適な市立図書館ではなく土砂降りの泥田の中でも優れた本と出会う奇跡のような時を持つことができたことを嬉しく思う。ま たこの白崎町は戦国大名・金森左京ゆかりの地であり、私の高校時代の恩師である岡崎先生も古武士然として御健在で、今でもかつての教え子たちのことを気に かけてくださっているとのこと。この街を諦めなくてよかったと、この地に来て今日はつくづく思った。

By 店主

武生の古き良き時代の風情を見る

さる料亭の書画骨董虫干し展示会

-SP-先日来、私の弟の友人であったМ女史から携帯に何度も電話が入っていた。私は携帯を身近に置かないことがあり、電話に出ることが まれであり、急用の折など非難されることが多々ある。まして誰からの電話かわからない時にはなおさらである。言い訳はこれくらいにして、たまたま受信した М女史の電話の内容はこうである。

-SP-彼女の家は代々花街界隈で料理屋を営み評判にもなり、そのせいで羽振りもよく先代、先先代が、儲けた金で、掛け軸や屏風、調度品や什器など店を彩る骨董 品を買い集めていたとのこと。しかし、花街も寂れ、先代も亡くなり、景気も長い不況の中にあるため、やむなく伝統ある料理屋の暖簾をおろし、もうかれこれ 十余年にもなる。

-SP-そして、Мさんには老朽化した大きな店の始末と高齢のご家族の介護という女一人では担いきれないかもしれない重責が残されてしまった。

-SP-それで先代が残した道具類を処分することにして、あちこち話を持ちかけるが、納得のいく譲渡先も見つからず途方に暮れているとのことであった。しかしな がら、私のような日銭商いの無産者に話を持ちかけるのはまず無理がある旨おことわりして、何か対策を講ずることをお約束して電話を置いた

-SP-後日、もの好きでお金のありそうな友人たちに声をかけるとなかなか良い反応がいくつか返ってきた。それによると、彼らがこの料亭に出入りしていた時には 武生に縁のある作家の作品が床の間や玄関先になにげなく置かれていてなかなか風情があったというのである。そしてその作品が現在もあるのであれば、値が合 えば購入しても良いというのである。ただ、古い屏風や掛け軸などは、保存や管理が悪いと劣化が進んでいるので購入しづらいということであった。

-SP-どちらにしても地元に縁のある作品で後世に残すべきレベルのものは武生の地に保存されるべきであるということでは、かの友人たちとも共通認識に立った。 それではということで、この料亭にある武生に縁のある作家の作品群や古い九谷の器、船箪笥、茶釜、香炉、その他、屏風や掛け軸など、虫干しを兼ねて大広間 に店開きするという企画が持ち上がった。上記の趣旨に賛同され、興味のある方、又、ボランティアで展示を手伝ってくださる方を募ります。何しろ玉石混交、 数が多いので若くて力のある方を募集します。能書き語りの腰痛持ちで金のない年寄りはできたらご遠慮願いたい。

ブック カフェ ゴドー  栗波和夫 0778 42 6711まで

紺青の空 五月

-SP-もう五月になろうかという日の午後、深い病いの淵にいる友人が今生の別れの挨拶に横浜か ら武生を訪れてきた。私は猫がいなくなっても心が痛むのに昔からの友達がいなくなるかもしれないということにはなかなか辛いものがある。この南部和夫とい う男は根っからの悪党詩人で自分がひどい病気なのに、めげずに私が書いた最近の詩や地元で編集されている詩誌を痛烈に批判するのである。

-SP-「詩は本当に語りたいことを純化し、限りなく凝縮し些少したものでなければならない」「詩は対象を説明したり、語り過ぎるなどとはもっての外である」 と。まるで巨匠のように私に語るのである。悔しくて弁明したかったけれどもうまく言い得てもいたのでしばし沈黙した。  次の日の朝、南部と同級生のKさんと一緒に横根の大杉の根元から出る湧き水を汲みに行った。そういえばこの三人とも何度もあぶない橋を渡ってきた経験が あるので、誰の死に対してもそう悲観的にはならないけれども、この横根の湧水は皮肉にも末期の水として、名をなしているとのことである。毎日この水でコー ヒーを飲んでいる私やブック カフェ ゴドーのお客さんはさぞ長生きすることであろう。

-SP-横根の湧き水はさておき、友達が遠く彼岸へ去るかもしれないという背景の中でこの自然の風景が鮮やかに直立する。三人で訪れた新緑の山裾の風景はとりわ け美しく、水も樹も草もおだやかな風になびいていた。山道の杉葉を踏み私のボロワーゲンで観音様のところまで登ると見晴らしが良く、遥か白山連峰を望み武 生盆地を眼下に見ることができた。近くで見上げるといつもボンヤリしていた村国山がこの横根の山からは凛々しく格調高く望むことができた。又、冬の間から いつも気にかけていた、麓の谷を横切る「けもの道」も深い森に向かって草を踏み、高みへと細く蛇行していた。

-SP-私たちは偶然なにげなく訪れたこの横根「大杉大権現」の絶え間なく湧き出ずる水とあふれる光の中で、今日までのそれぞれの苦難と忘れがたき少年の日々を 思い出していた。二度と立ち会うことのないこのかけがえのない瞬間を紺青の五月の空の下で共有できたことを、遠くから訪ねてきてくれた手負いの悪党、詩人 の南部和夫に深く感謝している。

By 店主