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ふしぎな石の橋を渡り大虫神社へ 

 塩椎(しおつち)神(のかみ)について

塩椎神
 先日、滋賀県湖東、信楽の近くにあるミホ美術館「獅子と狛犬展」に出かけてきた。その企画で湖東の五百井(いおのい)神社の御神体である木造男神坐像を見る機会に恵まれた。この神像の展示は「獅子と狛犬展」の趣旨に外れるが、何故かその場所にあった。というのもこの神像は平成二十五年の台風による五百井神社背後の安養寺山の崩壊により本殿が呑み込まれた。御神体は流失したが、十二日後土砂の中から重機により無事救出された。その折、木製の獅子と狛犬のニ体も泥の中から偶然発見された。その不思議な縁でこの神像が美術館に展示公開されたわけである。

 この掘り起こされた木造男神坐像は大虫神社のニ体の神像とかなり類似していた。寸法、風情があまりにも良く似ていたので思わず感嘆の声を上げてしまった。遠く信楽までやって来て越前市大虫神社の塩椎神を思い出してしまったのである。

 さる十月八日夜、武生駅近くのカフェで一乗学アカデミーを首唱されておられる水野和雄氏をお招きして、丹南に点在する神社の御神体やその結界についてお聞きする講座が開かれた。というのも武生古代史研究会の集まりの中でそれらについて何かと話題になっていたからである。驚いたことに水野先生は二十年ほど前、この大虫神社の神像の重要文化財指定の折、県の教育庁文化課の一員として参加されていたとの由、今回の研究会のテーマとしては的確な人選であった。

 福井県越前市大虫本町。この地に鎮座する大虫神社は敦賀の気比神宮とともに越前では最も古い神社である。大虫神社の御神体は十一世紀後半、平安時代に製作された伝天津日高子穂穂出見命である。これは形式的に完成された優れた神像である。また摂社に祀られていた塩椎神と名付けられたヒノキ材の神像は十世紀前半か九世紀末のもので初期神像の数少ない違例の一つであり、優れた出来栄えの名品である。これらは平成六年に国の重要文化財に指定され、現在堅牢な収納庫に保管されている。

 しかし神社の御神体を集落でお守りするにあたり重要文化財とはいえ長年収納庫に収めて置くのではなく、広く人々に公開されるべきではないか。それは集落近在の人々に崇められてこそ御神体の存在理由があると思われるからである。

 話は変わるが、最近何故か越前市の西に位置する岡本や大虫方面が気になっている。そこは私が武生の西小学校に通っていた何十年か前に、徒党を組んで冒険に出かけていた場所である。茶臼山前方後円墳の石室探検や石神の湧水、大虫の滝での水晶探し、当時の子供達にとってわくわくする世界が広がっていた。吉野瀬の川を越えると田園が広がり、集落の右手には大虫神社があり左奥に鬼ヶ岳がある。その先の長い峠を越えると越の海が開けていた。

 そういえばどこかでこの大虫神社の塩椎神を史料の中ではなく直に見た記憶がある。子供の時か大人になってからか思い出せないでいるが、御神体であるこの塩椎神の傾いだ表情を目が憶えていて、そのイメージが記憶の中に残っている。しかし何時何処で見たのか今でも思い出せないでいる。

 塩椎(しおつち)という難解なキーワードをたよりにこんなに遠くまでやってきてしまった。不思議なことである。

ブックカフェゴドー店主 栗波和夫