月別アーカイブ: 2015年6月

笛の音は五月の風に乗って

五月
少し日差しが透明になる頃
「蔵の辻」の向こうから笛と太鼓の音が聞こえてくる
神楽だ
三重県桑名市太夫町から近江八幡、長浜を経てやってくる
伊勢大神楽山本源太夫組の一行だ

かくいう私は子供の頃
大神楽の笛の音が聞こえると
「乞食太神楽が来た」と
祖母の命でいつも戸口を閉ざしていた

祖母は
警察官だったつれあいを早くに亡くし
子ども四人を育てたが
学徒志願兵だった末の息子は
マニラ湾で戦死
それ故つつましく暮らしていた

私は私で故郷を捨て京に上り
外来の思想や文化にふれ
古来の伝統的なおこないを嫌悪すらしていた

何年か前、病み上がりの養生をかね
福島から来た柴犬スミレと
日野川の河川敷を歩いていた

すると遠くから神楽の篠(しの)笛の音が聞こえてきた
誘われるまま 水辺のほうに行くと
涼しげな青年がひとり篠笛を吹いていた

声をかけようかなと迷ったが
笛の音があまりに心地よく
川面になびく草の中で
スミレもまた目をほそめた

チャンカスッカチャン チャンカスッカチャン
都に遠く雲閉ざす
鄙(ひな)の盆地というなかれ

いにしえの越の国府
風に乗って切れ切れに聞こえてくる囃子歌
辻を曲がり 時を越え

神楽が武生にやってくる

ブック カフェ ゴドー店主 栗波和夫

まつろわぬ民の名残りと春子さんのジャガイモ

 先日文殊山の麓の楞(りょう)厳寺(ごんじ)においてご本尊と出土品の公開があるというので旧知のМさんと新しくできた戸の口トンネルを抜けて出かけてきた。この寺の出土品の中には石像の顔の部分だけが残り、その形状が何故かアジアではなく中東からギリシャを感じさせるものが含まれていた。

 また寺の横には古墳である横穴(おうけつ)がいくつかあるが、木の葉や土砂に半分埋もれていた。少し登ったところには福井藩主松平忠直卿の隠し墓と家老の狛氏の墓があり、何かと由緒深い寺のようである。

 Мさんは考古学が専門で私が何かと教えていただいている。この「丹南夢レディオ」の冊子に共に執筆していることが縁で、私の素人民俗学の能書きに興味をもたれて訪ねてこられた。そんなわけで時間が合えば連れ立って近くの古墳群や気になる寺社を訪ねている。

 この日も午後から天気も良いので福井市の楞厳寺と鯖江市河和田町莇(あぞ)生田(うだ)の八幡神社の横穴を調べにでかけた。

 この八幡神社は集落を通り山裾の細い坂道を登りつめたところにある。鳥居の奥には広場があり、そこから険しい石段が拝殿に伸びている。

 この神社では「おこない」という仕事始めの神事が毎年正月明けの16日頃に開かれている。積雪を踏み分け厄年の男衆が神社の横の高みから手桶に盛られた大小の餅を「厄落とし」でまくのである。急なこの石段を木地屋の若い衆がお神酒の一升瓶を抱えて駆け下り村の女子供に狼藉を働くなど、これも祭りの賑わいである。

 この地を尋ねようと思ったのは先日、市の文化財の古墳に指定されているまつろわぬ民の名残りである越前市宮谷町大山くい神社の不思議な横穴を訪れたせいである。その時ふと鯖江の莇生田町の神社の横穴を思い出した。しかし、その穴はもうみつけることができなかった。二十年程前には確かに存在していたのにもうどこにも見当たらなかった。

 目的かなわず気を落として鳥居をくぐると神社の前にどこか見覚えのある下手な字で「春子の家」と書かれた看板のある小屋の前にでた。この「春子さん」とは私が以前、木地屋の手習いでお世話になっていた木工所の御母堂で、昼食の惣菜や味噌汁などをいつも準備していただいていたかたである。木地職人の御主人を早くに亡くし女手一つで子どもたちを育て事業を継続されてこられた。この建物は彼女へのメモリアルの場所であるらしい。長い時を経たせいか、地場産業という中での様々な確執も失せてとてもなつかしく思えた。

 当時、私は不摂生がたたって体調がいつも悪く、この木地屋の集落を去ることになったが、曲がりなりにも木地屋のハードな仕事を続けることが出来た要因はお昼を準備してくれた春子さんとご家族の女衆のおかげだと感謝している。

「春子さんの栽培したジャガイモはいちばんおいしかった。」

 晩年春子さんはリハビリを兼ねて畑を耕し野菜などを育てていた。西袋の畑で収穫されたジャガイモを春子さんの長女の小夜子さんからいただき、家で煮物にして何度か食べたことがあった。いまでも家人は「河和田のお母さんの作ったジャガイモがとてもおいしかった」と煮物をするたびに口癖のようにつぶやいている。

ブック カフェ ゴドー店主  栗波和夫