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菫(すみれ)は深く病み「神様はつらい」

菫

 極私的なことで恐縮であるが昨年末から私の長年の相棒であった柴犬「すみれ」が深い病の淵にある。友人の動物病院の先生に診てもらっているが、高齢のせいで次々と悪い症状に陥っている。最近では薬も嫌がり横たわり続けるだけで、無表情に食事もしない。今朝も寒いので暖房をつけ、眠っている「すみれ」に毛布を掛けて仕事に出かけてきた。いつもは悪ふざけして大さわぎの猫たちも気配を察してか、みんな静かにしているんだ。

 この柴犬は十年以上前、福島から横浜経由でやってきた。私の悪い友人で詩人の南部和夫の娘さんが住宅の事情で飼うことができなくなったとのことで、武生の私の家に来た。当初はちいさく痩せていて、狐のような顔をしていたので「きつねちゃん」と呼んでいたが、だんだんかわいくなってきて元の名前「すみれ」とか「ちび」とか呼んでいたものである。

 私の家には以前娘が国高のコンビニの前で拾ってきた「たぼ」という先住の犬がいた。そのせいでしばらくは確執もあったが、そのうち折り合いもつけて仲良くすみ分けていた。

 犬たちの環境はさておき、この二匹のおかげで私は様々な忘れがたき風景に出会うことができた。

 日野川河岸の新雪の中で転げまわった記憶
 雪晴れの日に見た向井新保の
 背丈ほどの鳥居の岩田神明社
 先年他界した母と
 草を踏みながら歩いていた
 春の陽だまり
 鋳物師の葛の葉茂れる堤防の小高い道
 心地よい川風と
 その風に乗って聞こえてきた神楽の篠笛
 村国山西麓に点在する別荘群の
 西日に映える美しい紅葉

 たぶん一人では立ち会うことのなかったかけがえのない瞬間がそこにはある。

 しかしながら、二〇一六年、世界は殺戮と憎しみに満ち、国内では先の大戦でも死滅することのなかった民族主義イデオロギーを、あおる輩が多数派を占めつつある。世界は戦争に向かうための準備を始め、いつのまにか人心は憎しみのベクトルを張り巡らすだろう。

 去年の秋、福井のメトロ劇場で見たロシアの長編映画「神々の黄昏」。主人公が土砂降りのぬかるみの中で何度もつぶやく「神はつらい」「神様はつらいんだ」と

ブックカフェゴドー店主 栗波和夫