月別アーカイブ: 2016年9月

越前蕎麦と真空管

真空管の中を、声が電子に乗って真空の空間を飛んでゆく。レコードに刻まれたエラ・フィッツジェラルドやルイ・アームストロングの声を、生々しく、あたかもそこにいて歌ってくれているように・・・。

現代は、シリコンやゲルマニュウムのような鉱石を使ったダイオードやトランジスタやICを使ったアンプが全盛である。この鉱石アンプは、性能を測定すると、周波数特性やダンピング性能はすばらしい。でも感情のこもった人の歌声や楽器の音は、その音が、石の中を通るか、真空の何もない空間を通るか、聞いてみれば一聴瞭然なのである。

ポーっと温かく光る真空管を眺めながらホルストの惑星に針を落とそう。宇宙のかなたから吸い込まれてゆくような女性コーラスが素晴らしい。

引用が長くなってしまったが、この文章は丹南夢レディオ37号に掲載されたE氏の「真空の想い」というエッセイの一部である。

話は変わるが、先日、同級生が尋ねてきた。教育というそれまでの彼の天性の仕事を終えて、家業でもあった農業に従事し、転作に蕎麦を植えているという。そして自ら蕎麦を打ち、蕎麦の器も創っている。と、こう語れば、小器用な文化人かなと思われるかもしれないが風体は無類の酒好き、百姓である。

そのS君が陶芸の延長で好きなジャズを聴くためのスピーカーを各種創りはじめた。最初は大きな蕎麦皿をひっくり返したような丸く”ださい形状”であったが、いくつも試作するうちにだんだんデザインが垢抜けてきた。いまでは某有名カフェの真ん中に奇妙なスピーカーが鎮座し、その存在感を示している。これがなかなかな優れものである。偶然にもスピーカーの中の機器は私の昔からの知り合いであった福井オーディオのNくんが準備されていた。

この、蕎麦を植えてスピーカーを創るというとんでもない試みから始まり、全国のオーディオ好きの人たちとつながっていく。冒頭に引用した元種子島宇宙工学のE氏や鯖江の真空管アンプの製作者、白山でコウノトリを見守っている人、欅の板でアンプの台座を作る木工家など、来年には同好の氏が全国から福井に集い真空管アンプで音楽を再生するという大きな企画にまで発展しつつある。不思議なめぐり合わせでもあるこの試みが成就し、「真空の想い」に託した音楽に、この北陸の小さな町が包まれることを心待ちにしている。

ブック カフェ ゴドー 店主  栗波和夫

大宝寺 大地共生

大地共生
昨日、9月25日越前市大宝寺本堂で開かれた「五感で学ぶ大地共生」と名付けられた集まりに出かけてきた。ゴドーの営業をパン屋の斉藤さんに丸投げしてである。大宝寺の境内は春には桜を見にきたことがある。最近では山本源太夫の神楽の総舞を何度か見に来たことがあるが、本堂に上がることははじめてである。

秋の日差しの入る本堂ではインディアンフルート奏者のマーク アキクサさん、キーボードの堺啓介さん、二胡の岸本光越さんの静かな導入の演奏に始まり、墨のパホーマンス上田みゆきさんが内陣いっぱいに広げた和紙に描き始める。

マーク アキクサさんは、かつてピアノ、フルート、篠笛を経てこのインディアンフルート奏者になったとのこと。その笛の音は大地を渡る遠くの風のように心地よく、ホピ族の豊かな自然と共にある物語をこの武生の大宝寺本堂にまで届けてくれた。

この催しは、みるきくかぐふれるあじわう、と五感すべてで味わうというテーマで開催された。無農薬米「田んぼの天使」提供、井上高弘さん、かまど炊きのご飯の奉納、木村愛子さん、音楽、アート、宗教、そして暮らしを切り結ぶ。

ご住職の粋なはからいでかくも奥の深いイベントが企画された。二胡と浄土宗のお経の日中礼讃から、最後は、吉田亮太さんの無常偈への流れで、音楽を奏でる人、宗派を超えた僧侶の読経、本堂を埋め尽くした人々。参画したすべての人たちが彼岸過ぎの、穏やかな秋の日差しの中でおのずと手を合わせていた。

と、ここまだ書いてふと立ち止まった。これはイベントなのかな、と。生まれ育った街が空っぽになってゆく。心のよりどころがなくなりみんなばらばらになってゆく。立派な体育館や野球場、そして文化センターが建てられる。越前市役所の前には武生来歴の催馬楽の歌の石碑より大きく武生市閉市記念の無粋な石碑が建てられている。 このやるせない気持ちのまま上田みゆきさんたちの無謀でパワフルな表現活動をゴドーは支持します。

ブックカフェゴドー 栗波和夫

羽賀寺十一面観音立像

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八月、休日の午後、小浜の羽賀寺を初めて訪れた。この寺は鳳凰の羽が舞い降りたという伝承から羽賀寺と命名された。

この寺の十一面観音は女帝である元正天皇の勅命で行基が建立したと伝えられている。しかし清水町越智神社の神主さんの見解ではこれは泰澄の作だというのである。それで、へたな木彫の徒である私が出かけて検証しにきたわけである。

以前、滋賀県湖東にある高月渡岸寺の十一面観音は何度か拝観に訪れたことがあるが、この羽賀寺の観音様は等身大、彩色も残り美しい。後日談であるが、旧知で考古学者の友人の見解ではこれは国宝に指定されるべき優れた立像であるとのこと。

若いころには通り過ぎていた日本の古い創造物になぜか無性に心惹かれるようになった。年のせいかな。

行基は泰澄より十歳余り年長であるが、白山に修験の道を極めた泰澄を訪ね教えを請い、仏像製作の手ほどきを受けたという。

蝉時雨の中、訪れる人のいない長い石段を手すりを頼りに上りきると、軽いめまいに襲われた。そういえば三年前、台風の日に伊勢大神楽の友人たちと石徹白(いとしろ)の白山中居神社を訪ねた。その時も車を降りると不意にめまいを覚えた。多分、泰澄の縁ある場所ではいつもこのような感覚に陥るのかもしれない。不思議な偶然である。

”めまい”という私の体内時間の判別ではこの観音様は泰澄の仕事かもしれない。彼が建立した名古屋の荒子観音寺の秘仏十一面観音を拝観し、見比べてこようと思う。この尾張の荒子というところは古代の継体天皇から中世の武闘派荒子衆、前田利家に至るまで越前とは何か深い縁があるようだ。

若狭の地には、古代から行基や泰澄の思いを信仰の対象に昇華できる優れた職人が朝鮮半島から渡って来ていた。去年、五湖のほとりの鳥浜では伊勢大神楽山本源太夫組の総舞も復権された。

小浜からの帰路は海岸沿いを走り、縄文遺跡の残るこの鳥浜の「徳右ェ門」で鰻丼の上を食した。いと美味であった。そこから敦賀、杉津を過ぎ、高みにある大良(たいら)の道の駅から夕暮れの海を見た。日も沈み水面は薄い緑色に覆われ漁火がいくつもいくつも遠くで揺れていた。

篠笛の音を記憶に残し
河内へと神楽が去る

そして 武生の夏が終わる

ブック カフェ ゴドー店主 栗波和夫

ライブの告知です

竹内君と坂君のライブ
9月19日(月)敬老の日
book cafe godou
19時開演
入場無料 ※要ワンオーダー 投げ銭歓迎!!

ゆる〜い感じで昭和を唄います!
会場が狭いので、ほとんど生音になると思います。
隠れ家的な昭和の匂いのする喫茶店です。
古い人間が古い喫茶店で古い唄を唄います。
お時間ありましたら覗いてやってください!
竹内 坂