越前蕎麦と真空管

真空管の中を、声が電子に乗って真空の空間を飛んでゆく。レコードに刻まれたエラ・フィッツジェラルドやルイ・アームストロングの声を、生々しく、あたかもそこにいて歌ってくれているように・・・。

現代は、シリコンやゲルマニュウムのような鉱石を使ったダイオードやトランジスタやICを使ったアンプが全盛である。この鉱石アンプは、性能を測定すると、周波数特性やダンピング性能はすばらしい。でも感情のこもった人の歌声や楽器の音は、その音が、石の中を通るか、真空の何もない空間を通るか、聞いてみれば一聴瞭然なのである。

ポーっと温かく光る真空管を眺めながらホルストの惑星に針を落とそう。宇宙のかなたから吸い込まれてゆくような女性コーラスが素晴らしい。

引用が長くなってしまったが、この文章は丹南夢レディオ37号に掲載されたE氏の「真空の想い」というエッセイの一部である。

話は変わるが、先日、同級生が尋ねてきた。教育というそれまでの彼の天性の仕事を終えて、家業でもあった農業に従事し、転作に蕎麦を植えているという。そして自ら蕎麦を打ち、蕎麦の器も創っている。と、こう語れば、小器用な文化人かなと思われるかもしれないが風体は無類の酒好き、百姓である。

そのS君が陶芸の延長で好きなジャズを聴くためのスピーカーを各種創りはじめた。最初は大きな蕎麦皿をひっくり返したような丸く”ださい形状”であったが、いくつも試作するうちにだんだんデザインが垢抜けてきた。いまでは某有名カフェの真ん中に奇妙なスピーカーが鎮座し、その存在感を示している。これがなかなかな優れものである。偶然にもスピーカーの中の機器は私の昔からの知り合いであった福井オーディオのNくんが準備されていた。

この、蕎麦を植えてスピーカーを創るというとんでもない試みから始まり、全国のオーディオ好きの人たちとつながっていく。冒頭に引用した元種子島宇宙工学のE氏や鯖江の真空管アンプの製作者、白山でコウノトリを見守っている人、欅の板でアンプの台座を作る木工家など、来年には同好の氏が全国から福井に集い真空管アンプで音楽を再生するという大きな企画にまで発展しつつある。不思議なめぐり合わせでもあるこの試みが成就し、「真空の想い」に託した音楽に、この北陸の小さな町が包まれることを心待ちにしている。

ブック カフェ ゴドー 店主  栗波和夫